寝台列車の生きる道

 



日本の寝台列車の歴史は、大阪と山口県の三田尻(現在の防府)を結んだ1900年の山陽鉄道の急行列車にさかのぼります。
(ライバルは瀬戸内海の船!)
しかし今や、毎日運行される寝台列車はサンライズのみです。ちょっと寂しいですよね・・・。
 
寝台列車には、飛行機や夜行バスや船や自家用車というライバルがいます。
そのため、いくつかの「土俵」のうちの複数で勝たないと、選んでもらえません。
 
私は広島・高松・高知での仕事の時にサンライズに乗ったことがあります! 
広島の時は価格(ノビノビ座席)と時間(朝から楽に仕事できる)とアクセス(広島空港は遠い)、 四国の時は時間(夕方まで仕事しても間に合う)と快適性・安心(個室)が決め手でした(「楽しい」は大前提です!)。



大阪での研究発表の帰りに乗ろうと思ったこともあります。夕方まで研究発表をしたり聞いたりし、 久々に会う人たちと時間を気にせず食事をしても間に合うからです(結局やめましたが・・・)。
もしかしたら、かつての夜行急行「銀河」を個室中心のサンライズ車両で運転する「サンライズ銀河」があれば、 取引先などの個人情報保護もする必要がある、パソコンや書類持参の出張の人々からも選ばれるかもしれません。
実はそんなところに、令和の寝台列車の生きる道があるのかもしれません。
【参考文献】
長船友則『山陽鉄道物語』JTBパブリッシング、2008年


左:坂出で乗り継いだ「しまんと3号」の車窓
右:土讃本線で四国山地を越えて高知平野に到着

2019年06月04日
 
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