交通論ゼミ ゼミ合宿2019(3日目)

 

 
3日目 大船渡~気仙沼~柳津~古川~大宮~池袋
 
 合宿3日目は岩手県大船渡市からスタートし、宮城県に入り気仙沼、南三陸を進み、BRT(バス高速輸送システム)の南端・柳津駅を経て、古川駅から東北新幹線で帰京する旅程です。
 私たちが宿泊したホテルは、大船渡駅から程近いところにありました。大船渡駅周辺も巨大津波で甚大な被害( FNN「3.11忘れない」)となったところで、朝に近くの高台から大船渡港方向を眺めると、街があったところはまだまだ空き地が目立っていました。
 
大船渡市大船渡町の高台から大船渡港を眺めると、復興半ばの思いに駆られます
 
 大船渡線・盛~気仙沼と気仙沼線・気仙沼~柳津(やないづ)は、巨大津波で線路や駅舎が流失しました。そこで、JR東日本は鉄道での復旧には時間を要すること、津波被災後の街が被災前の鉄道沿線に再興されるとは限らないこと、再び大津波・津波警報が発表されれば運行中でもそのまま高台へ道路を通って避難誘導できることから、BRTでの「仮復旧」を進めました。
 線路跡をバスが通れるように工事して、一般道路交通を隔離することで、集中渋滞や信号停車による速度低下を抑え、定時性を確保し、さらに運行本数を増やして利用しやすくしているのが、BRTの特徴です。
 大船渡駅の周辺も線路跡がBRT専用道区間となり、踏切だった場所は信号機付交叉点に変わり、専用道側に遮断棒が下りています。BRTが近づくと、道路側の信号が赤に変わり、BRT側の信号が赤から青に変わるとともに遮断棒が上がります。こうすることで、交叉点(踏切)ごとに完全に停車することなく、BRTは進むことができます。
 
巨大津波に流失した大船渡線の線路はBRT専用道区間となっているところが多い
 
鉄道時代は踏切だったところは道路信号によって交通が制御され、BRT車輛が近づくと道路側が赤信号となります
 
 BRT専用道はバスがすれ違えないほどの幅しかありませんが、駅だけでなく、駅間にもすれ違い場所があり、駅間のすれ違い場所には二灯式の信号機があり、一旦停車して入ろうとする区間に対向するバスが存在しなければ青信号を現示するシステムが採り入れられています。見た目はバスなのですが、運行システムの一部には鉄道の「閉塞」という最も基本的な鉄道保安システムがBRTを支えているのが興味深いところです。
 私たちは大船渡駅から地元の方や観光客とともにBRTに乗り込み、気仙沼に向かいます。
 
JR大船渡線BRTに乗り込むゼミ生(大船渡駅)
 
 大船渡線BRTは、盛~小友(おとも)がBRT専用道区間ですが、小友~鹿折唐桑(ししおりからくわ)では国道45号線や自動車専用道・三陸道を通るため、どうしても遅延が生じてしまいます。私たちが乗ったBRTも気仙沼市内の道路渋滞などによって、気仙沼駅には15分程度遅れてしまいました。
 道中、国道45号線や一般道を通りながら、車窓左手には三陸の海が広がっています。しかし、浜辺を眺めるのは巨大な防潮堤に阻まれてしまうのはやむを得ないことなのかもしれません。
 復興の1つのシンボルとして有名な陸前高田市の「奇跡の一本松」近くには、国道上に奇跡の一本松(きせきのいっぽんまつ)駅があります。7万ともいう松があった高田松原は巨大津波によって、その一本松を残して壊滅し、高田松原には 高田松原津波復興祈念公園ができます。公園には国営の追悼・祈念施設と東日本大震災津波伝承館が設けられ、追悼・慰霊と津波伝承の場所となります。
 奇跡の一本松と震災遺構・気仙中学校を車窓に見ながら、大船渡線BRTは進んでいきます。
 
JR大船渡線BRTの車内は、いたって普通のバス車内です
 
 気仙沼駅に着いた私たちは急いで乗り換えます。ほぼ同時に気仙沼線一ノ関行の列車もあるため、改札口には駅員さんも立って、列車乗り換えの乗客を探します。列車はひとたび遅れが生じると回復が難しいため、誘導・乗り遅れ防止には力が入ります。ただ、盛駅と同様に、気仙沼駅も跨線橋を上下して乗り換える必要がないよう、BRTホームは線路敷が嵩上げされ水平移動のみで乗り換えできるバリアフリーにもなっています。
 私たちは、一ノ関行列車を脇目に見ながら、本吉(もとよし)行の気仙沼線BRTに乗り込みます。見た目は大船渡線BRTと全く同一です。気仙沼~不動の沢(ふどうのさわ)は専用道区間ですが、不動の沢駅から一般道区間に入ります。気仙沼市内でも津波浸水した地域で、その標高によって建物がない地域と建物が残っている地域がわかります。不動の沢駅から南気仙沼(みなみけせんぬま)駅にかけては、線路を撤去しBRT専用道にする工事が進められています。この工事で難しいのが、道路がくぐる鉄橋のように思います。鉄橋をそのままBRT専用道の鉄橋にできず、コンクリート製の道路橋に掛け替えています。既にBRT専用道となっている区間でも河川を渡る鉄橋だったところはBRT専用道路橋に掛け替えられているところもあります。
 気仙沼駅から20分程度で陸前階上(りくぜんはしかみ)駅に到着し、私たちは気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館に向かいます。
 
気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館にて
 
この日は私たちのほかにも予約して見学される方々が多かったです
 
  気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館は、宮城県気仙沼向洋(こうよう)高等学校だった建物を震災遺構として遺したものです。気仙沼向洋高校は、宮城県気仙沼水産高等学校として1977年に波路上(はじかみ)(岩井崎)地区に校舎を移転させ、長く水産系の中等教育を担ってきましたが、1994年に宮城県気仙沼向洋高等学校に校名変更、学科再編し、2011年3月11日まで多くの生徒が巣立っていった学び舎でした。それを一変させたのが巨大津波でした。水産系高校だったため、海岸沿いに立地し、津波防災教育にも熱心に取り組んでいたといいます。
 しかし、「3.11」の巨大津波は、気仙沼向洋高校だけでなく、この波路上地区からあらゆるものを奪っていきました。3年生は卒業しており、1・2年生約220名のうち170名が補習や部活動などで校舎内にいました。校舎内の生徒は校舎から約1km離れた高台にある地福寺まで避難して、さらに高い位置にある陸前階上駅まで逃げ、難を逃れました。ただし、校舎内に残留した教職員、北校舎工事関係者約50名は南校舎の3階、4階へと避難するも、3階、4階も津波にのまれ、屋上に避難。ここで巨大津波の一部始終を目撃することになりました。詳しくは 「宮城県気仙沼向洋高等学校「その時,現場はどう動いたか」3.11の震災直後の動向」をご覧ください。
 巨大津波に流された水産工場が校舎4階の外壁に激突、あらゆるものが流れていったそうです。
 南校舎の3階には自動車がひっくり返った状態で残り、4階の部屋に置かれた金属製の書類整理棚は床上30cmのところまで赤錆びました。これは、巨大津波の海水が4階の床上30cmまで達したことを後世に残しています。もはや助かるには屋上しかなかったのです。
 
気仙沼向洋高校南校舎の3階。巨大津波に流された自動車がそのまま遺構として保存展示されています
 
気仙沼向洋高校南校舎の4階には巨大津波の痕跡が金属製書類整理棚に残っています(赤錆び部分)
 
気仙沼向洋高校の南校舎が防潮堤の役割をして北校舎は3階までの津波浸水でとどまってくれました
 
気仙沼向洋高校南校舎の4階には、巨大津波で流失した水産工場が激突した痕跡も残っています
 
 今回の合宿で最も奇遇なことが、気仙沼でありました。それは、気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館でお願いした語り部ガイド・菊田俊勝さんが、本学OBのお父様だったのです。菊田さんご本人も大変驚かれていましたが、私たちもこの奇遇な縁に驚きました。ご長男が10年ほど前に本学を卒業され、今は全国規模の貨物鉄道会社で運転士をされているとのことです。
 ただ、語り部を務めていただいた菊田さんの震災経験は、拝聴するこちらが涙を禁じ得ないほど、壮絶なものでした。震災遺構の校舎内の案内を終え、屋上で当時の津波襲来の様子を貴重な写真を交えて説明してくださいました。津波に流され浮かぶ住宅を指し「これが流される私の家です」。その写真には2階が水面に漂流する住宅が写っていました。流されていくわが家。これを人々に説明する苦しみはどれほどか、想像に難くないです。そして、「この津波で、両親、妻を亡くしました」という言葉に、私たちはみな、言葉を失いました。
 しかし、菊田さんご本人は「これが務めだ」とおっしゃいます。今、菊田さんは、自宅跡地にトレーラーハウスを建て、 コテージキクタを営んでいらっしゃいます。気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館ができ、伝承のためにと語り部ガイドのお引き受けもされているそうです。
 伝承館内では、気仙沼を襲った巨大津波の当時の様子だけでなく、全国的に力強い復興に向けた姿と報じられた、避難所となっている体育館で急拵えに開かれた気仙沼市階上中学校卒業式の卒業生答辞の映像も見ることができました。『 文部科学白書』にも取り上げられた卒業生の答辞の一節には、次のような言葉があります。
 
 自然の猛威の前には,人間の力はあまりにも無力で,私たちから大切なものを容赦なく奪っていきました。天が与えた試練というには,むごすぎるものでした。つらくて,悔しくてたまりません。
 時計の針は十四時四十六分を指したままです。でも時は確実に流れています。生かされた者として,顔を上げ,常に思いやりの心を持ち,強く,正しく,たくましく生きていかなければなりません。
 命の重さを知るには大きすぎる代償でした。しかし,苦境にあっても,天を恨まず,運命に耐え,助け合って生きていくことが,これからの私たちの使命です。
 
 晴れやかな卒業を翌日に迎えるはずでした。しかし、同級生3人を巨大津波に失った中学生の言葉には多くの共感が寄せられたといいます。なお、答辞を読み上げた卒業生代表の男性は、この伝承館開館に招かれたそうです。
 
かまぼこ形の屋根があった体育館(左)は、屋根が剥ぎ取られてコンクリート部分しか残っていません
 
北校舎と実習棟の間に折り重なった流失自動車のそのまま。草の緑が月日の長さを教えてくれます
 
 気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館を後にした私たちは、陸前階上駅に戻り、再び気仙沼線BRTに乗り込みます。陸前階上から志津川(しづがわ)まではほとんどか一般道で、駅舎といってもバスポールが立っているだけのところもあります。しかし、志津川中央団地(しづがわちゅうおうだんち)駅や南三陸町役場(みなみさんりくちょうやくば)・病院前(びょういんまえ)駅のように、町の公共施設や復興公営住宅のように人々の往来が新しくできたところにフレキシブルに乗り入れることができるのもバス高速輸送システム(BRT)の大きな特徴の1つです。そういった姿を車窓からもうかがい知ることができました。
 
陸前階上駅から再び気仙沼線BRTに乗り込みます
 
 気仙沼線BRT区間の南端・柳津駅に新しく整備されたBRT専用乗降場でBRTを降り、そのまま通路を通っていくと、気仙沼線(鉄道)のホームにたどり着けます。斜路になっているものの、バリアフリーが整えられ、通路には屋根もあり濡れる心配もありません。
 
気仙沼線BRT区間の南端・柳津駅ではBRTから鉄道(気仙沼線)に乗り換えます
 
 ここまで大船渡駅からBRT(バス)に乗り続けてきた私たち。残るは気仙沼線、石巻線、陸羽東(りくうとう)線を乗り継いで、新幹線乗車駅・古川(ふるかわ)駅に向かいます。
 
気仙沼線列車の車内にて
 
 前谷地(まえやち)駅で石巻線列車に乗り換えましたが、定刻になっても発車しません。対向してくる列車が遅れているためでした。対向列車の到着を待って小牛田(こごた)行の列車が出発。車窓には実り始めた稲穂が一面を黄金色にしていました。
 前谷地駅の次、涌谷(わくや)駅でもしばらく停車して、ダイヤの遅れは拡がるばかり。私たちも小牛田駅での乗り換え可否を心配し始めます。涌谷駅ですれ違ったのは地方路線では珍しい貨物列車でした。石巻線は小牛田~石巻に貨物列車の運行があり、石巻港から紙を積載したコンテナ列車が運行されています。そのすれ違いを待っていたのです。
 そして、小牛田駅では、心配していた陸羽東線の古川行列車が発車時刻を過ぎても乗り換え客を待っていました。跨線橋を急ぎ足で上がり、古川行列車のホームに降り列車に乗り込むと、ほどなくドアが閉まりました。
 
小牛田駅で急いで陸羽東線の古川行列車に乗り換えます
   
 古川駅から東北新幹線「はやぶさ」に乗り、一気に帰路・大宮駅まで向かいます。「はやぶさ」の到着をホームで待っていると、下り「はやぶさ・こまち」が最高320km/hで通過していきます。古川駅に到着した「はやぶさ」は、半分以上座席が埋まっていましたが、次の仙台駅ではドドッと乗り込んできて大半の座席が埋まりました。こういった様子からも仙台市の存在感の大きさもうかがい知ることができます。
 
古川駅から東北新幹線「はやぶさ」に乗ると、合宿も最終盤です
 
 古川駅から約90分で、大宮駅に到着しました。大船渡駅からBRT、在来線、新幹線と乗り継ぎ、新幹線の速さを合宿最後にあらためて思い知ることになりました。ふだんの通勤電車ばかりです。そんな通勤電車に乗って池袋駅に戻ります。
 大都会の喧噪に包まれて、交通論ゼミのゼミ合宿は事故なく無事に終え、ゼミ生は家路に向かっていきました。

2019年10月22日
 
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